林田力 東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った 書評 Facebook Amazon

林田力 東急不動産消費者契約法違反訴訟

林田力『東急不動産だまし売り裁判』『二子玉川ライズ反対運動』

ダイの大冒険

堀井雄二監修、三条陸原作、稲田浩司作画『ダイの大冒険』(集英社)は人気ゲーム『ドラゴンクエスト』を基にした漫画である。週刊少年ジャンプ黄金期を支えた作品の一つである。アバンストラッシュは少年時代に真似したくなる必殺技であった。

ドラゴンクエストに基づきながら独自の世界観を持っている。連載前の読み切り作品では、モンスターは平和に暮らしており、人間が悪者になっている。魔王軍との闘いになる連載後も、魔王軍が六大軍団に組織化されているところは当時としては新しかった。

ダイの師のアバンの不真面目そうなキャラクターは面白い。真面目に努力して這い上がる少年漫画のステレオタイプは後の時代に批判され、克服の対象になったが、黄金期の作品も真面目一辺倒ではなかった。鳥山明ドラゴンボール』の亀仙人もそうである。努力と根性一辺倒でない点があることが支持され、黄金時代を作った要因であろう。

ポップが頼りになるキャラクターになり、ハドラーが主人公と心を通わせる強敵になるという冒頭からは考えられない展開になった。

新自由主義

ハイエクを読まれるとのこと素晴らしいです。

議論が根源的なところに言ってしまいましたが、そもそもの論点は新自由主義が正しいか否かではありません。SDGSや自殺0に取り組むことが新自由主義から外れるような指摘に対して違和感を覚えました。もし新自由主義が福祉的な主張を一切しないと位置付けられているならば、あまりに偏狭と思います。福祉を否定しているのではなく、中央集権的な画一的配分による個々のニーズの無視や無能公務員による非効率や無駄、利用者と非利用者の不平等などを問題視しています。福祉制度も需要と供給を考慮し、モラルハザードフリーライダーを回避する仕組みを考えます。

このため、新自由主義の認識を改められた方が良いと思いますが、逆にSDGSや自殺0の取り組みを新自由主義からの転進と評されるならば、その中の新自由主義的要素はどのように評価されるのでしょうか?

防御力を落として素早さを上げるという主張は一つの考え方です。しかし、航空参謀は、そのような立場から防御力向上を却下した訳ではありません。努力と根性で何とかしろと個人に負担を押し付けました。その点を本書は指摘しています。その点が醜悪な特殊日本的精神主義に陥っていると私は評しています。

銀河英雄伝説11

田中芳樹原作、藤崎竜漫画『銀河英雄伝説11』(集英社)はリップシュタット戦役が描かれる。キフォイザー会戦がほぼ決着する。正義派諸侯軍の総司令官はメルカッツである。メルカッツが総司令官になった背景が分かりにくい。はしょりすぎている。メルカッツは後にヤンファミリーになる重要キャラクターである。本作品の扱いには不満がある。

ヒルダがラインハルトに味方する意思を表明する。この会見の場所は異なるが、やり取りは石黒版アニメ通りである。ヒルダにはアンネローゼへの友情とキルヒアイスへの強い恩義がある点が本作品の特徴であるが、ここでは違いが見えない。初登場時に人の気持ちが分かる優しさがヒルダの特徴と説明されていたが、ここでは知謀を示している。ラインハルトに味方する貴族の扱いについては石黒版アニメ以上に冷酷な発言をしている。新たなヒルダ像を描くのか、原作をなぞるのか。

貴族の私兵艦隊の軍艦は装飾が派手である。古代中国の軍船を連想した。銀河英雄伝説三国志を出発点としているとされるが、意外なところで古代中国風になった。

ザビーネ・フォン・リッテンハイムはラインハルトを苦しめる強敵になるかと思われたが、門閥貴族のゲスの思考に染まっている存在であった。ベーネミュンデ侯爵夫人のように初登場時は大物っぽく登場したが、その後は尻すぼみになるか。

本作品ではキルヒアイスがムキムキのキャラクターに描かれている。私は違和感を抱いていたが、この巻の農作業の手伝いのエピソードには合っている。

古見さんはコミュ症です。3

古見さんはコミュ症です。3』はプールや夏祭りなど古見さんが同級生と経験する話が中心である。高校生活は夏休みに入った。

古見さんは極度のコミュ症美少女である。周囲からは綺麗だけど近寄りがたい人と思われがちである。古見さんのデフォルメされた絵が可愛い。

察し上手な只野くんと友達になり、少しずつ友達ができた。個性的な友達と夏休みを遊ぶ。只野くんは古見さんがコミュ症であることを分かっており、普通のやり取りでは新鮮味がなくなっている。プールや夏祭りという非日常的な経験を描くことにで新鮮な驚きが生じさせた。

第1巻のリア充グループはうざかったが、すっかり古見さんを中心とした世界に組み込まれてしまった。

古見さんの家族の話もある。あの母親から娘がコミュ症になることは想像しにくかったが、父親譲りであった。

古見さんのようなコミュ症のキャラクターには、田中芳樹銀河英雄伝説』の沈黙提督アイゼナッハがいる。コミュ症という概念のない時代にアイゼナッハのようなキャラクターを登場させた『銀河英雄伝説』は深い作品である。

古見さんはコミュ症です。2

古見さんはコミュ症です。2』。コミュ症を取り上げた点で画期的な漫画であるが、第2巻は古見さん自身の話よりも奇人変人図鑑のようになった。奇人変人が集まる「異端」高校という設定のために作者の予定通りの展開だろうが、コミュ症ということで注目した向きにはあまり面白くない。早くも第2巻でネタ切れかと思ってしまう向きもあるだろう。

奇人変人とのやり取りよりも、後半の美容室の話のように普通の人が古見さんのコミュ症を知らずに驚いてしまうパターンが笑えた。それは第1巻では只野くんの役割であったが、只野くんは既に古見さんがコミュ症であることを知っているので、新鮮な驚きにならない。

古見さんは話すことは苦手であるが、意志疎通はできる。たとえば「ありがとう」と言いたい時に「ありがとう」と言いたいという気持ちはあるが、声に出ないだけである。むしろメールやラインならば普通にコミュニケーションできるだろう。コールセンターに勤めることはできないが、メールやチャット回答のサポートセンターならば有能だろう。

もっと深刻なコミュ症は「ありがとう」と言いたいという思いが出てこないことである。対人関係だけ人とはテンポが異なる人もいる。

三度目の殺人

『三度目の殺人』は映画である。ミステリー風であるが、日本の司法制度の問題や限界を描くことに重きを置いている。裁判官は判決の数をこなすことばかりを考えている。

被告人役の役所広司と弁護士役の福山雅治の頭脳戦が展開される。検察官役はシンゴジラやアンナチュラルに出た市川実日子である。シンゴジラと本作品では感情を出さない女優になるが、アンナチュラルでは人間味があった。

福山雅治の弁護士は被告人の言葉を鵜呑みにせず、自分で調査する。自白偏重の日本の警察や検察と対照的である。

一方で真実よりも依頼人の利益を重視する割り切ったところがある。ドラマ『刑事専門弁護士』の深山弁護士は真実を追求することで冤罪から守った。改めて凄い存在と感じた。

器と言えば、機動戦士ガンダムUCのフルフロンタルを連想する。人間の心理描写でアニメが実写映画の先を行く。

しょてんじんのはんせい

『しょてんじんのはんせい』は本の魅力を語る書籍である。著者は埼玉県浦和市(現さいたま市)で生まれ、埼玉県に住み続けている書店人である。

本書はエンターテイメントとしての読書を語る。難しい本を読めという話ではない。映画やビートルズ、プロレスの蘊蓄を語っており、文字通りエンターテイメントである。むしろ読書というよりも昭和の戦後文化を語っているように感じられた。

本書は現代人がスマホばかりで読書しなくなったことに問題意識を持っている。しかし、本書の述べるようなエンターテイメントならば、スマホと両立する。スマホ電子書籍を読むことができるし、「小説家になろう」などの投稿サイトで小説を読むこともできる。アニメがゲームもラノベを読むきっかけになる。さらにfateのゲーマーがアーサー王の伝承やクーフーリンケルト神話を読んでみようという気になるかもしれない。

戦後のエンターテイメントとは異なるが、今の世代は今の世代のエンターテイメントを享受している。一方で人とダベっていないと気が済まない、一人で楽しめないヤンキー的な習俗は読書と縁遠い。読書離れの要因はスマホとは別のところにあるのではないか。

本書には社会的な主張もある。役人の意識の低さが複数箇所で指摘される。