林田力 東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った 書評 Facebook Amazon
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林田力 東急不動産消費者契約法違反訴訟

林田力『東急不動産だまし売り裁判』『二子玉川ライズ反対運動』

しえんしゃたちのみなまた

映画『しえんしゃたちのみなまた』を東京都江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で上映した。支援者に焦点をあてた作品である。支援者をクローズアップしたところが新鮮である。支援者へのインタビューで構成される。

汚染魚を埋め立てた土地に記録のために看板を立てた。人間が汚染した魚である。魚に失礼である。福島原発事故や豊洲市場問題でも地域を差別する言動がある。福島原発事故では放射脳カルトが批判された(林田力『放射脳カルトと貧困ビジネス』)。

亡くなっている人がいる。解決ということはない。償いはされるべきであるが、解決はない。

立ち止まって水俣病と向かい合う。

誰もが水俣病である。寝たきりの人だけが水俣病ではない。手足が時々しびれる人は普通にいるが、水俣病と自覚していない。被害を受けていても自覚していない。偏見差別でねじくれている。

冒頭では水俣病裁判の判決が論評される。水俣病患者に厳しい判決であった。判決を言い渡した裁判官は靖国裁判では進歩的な立場だったという。映画では靖国裁判で進歩的な意見を書いたために叩かれて、水俣裁判で反動的になったのどはないかと指摘された。しかし、あらゆる分野に当てはまる進歩的か反動的かの対立軸にはならないのではないか。ある分野で進歩的な人が別の分野で反動的な考えを持つことは十分に考えられる。憲法問題では進歩的でも環境問題では反動的でも不思議ではない。

水俣の魚は危険だから食べるなと言う方が楽である。水俣の魚に関わりたいというのが正直な気持ちである。主義主張ではない。

環境団体の中では少数派である。水俣の魚は危険だから食べるなは普通の住民の生活の中では受け入れられていない。